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ピアノ上達の道1-私がピアノを選んだ理由

ピアノ英語教室を運営しているからこその新たなテーマでブログを書いてみようと思い立ち、今回はその第1回です。

英語の上達方法は色んな書籍で目にすることができますし、義務教育でも学ぶものなので皆さんなんとなく予想できるかなと思い、ピアノにテーマを絞ることにしました。

ピアノを習おうか迷っている方、ピアノの進度で悩んでいる方、ピアノを続けようか迷っている方、当教室の生徒様でない方にも…色んな方に自分の今までの経験を通して学んだことをお伝えする形で、少しでもお役に立てればと思います。

第1回目では私がピアノを習い始めたきっかけからピアノの道に進もうと決意したきかっけを綴ります。

教師紹介にあるように、私は5歳からピアノを習い始めました。きっかけは祖母の友人に声楽家の方がいらっしゃり、その方がピアノを教えて下さるという話でした。

両親にピアノを始めるかと聞かれた私は、「ピアノが弾けたらモテそうだ!」と5歳ながらにおませな考えのもと、始めることにしました。

先生は声楽家なだけあり、レッスンはピアノの他に聴音やソルフェージュも多く指導して下さいました。

私の両親は全くピアノの経験がなく、母はイギリス人でもあったので、日本でのピアノのお稽古がどういうものかもよく分からない中で通っていました。練習は熱心ではなく、正直つまらないと思うこともありましたが、先生のお宅のグランドピアノの音が大好きで5年間通いました。

中々好きな曲が弾けないという思いがあり、その後は新たな先生のもとへ通い、ずっと弾きたかったブルグミュラーを弾かせてもらえるのがとても楽しかったです。当時ピアノの道に進む人からしたらだいぶ遅い、5年生という年齢でブルグミュラーを弾いていました。

このころは親にも言えませんでしたが、ピアノ科のある私立中学に入るのを夢見ていました。勇気を出して小学校の音楽の先生に相談したら、「そういう所へ入る人はもっと前から準備しているものだ。」と言われ、やはり自分には無理か、と小学生ながらに諦めようと思いました。

それでもピアノと当時のピアノの先生が好きで、中学生になってもピアノを続けていました。最初は吹奏楽部に入りましたが、ピアノのレッスンで早退することを前提で入部したのに、入って早退したら先輩に嫌な顔をされ、すぐに退部しました。何年も続けてきたことを辞めてまでやる部活だとは思えませんでした。

当時は帰宅部は禁止だったので、華道部に代わりに入部し、とても楽しい部活動経験が出来、ピアノも続けられました。華道部で教わったことは今も教室のお花を用意する時に活かされているように思います。

中学は合唱コンクールがあったので、ピアノ伴奏をするのが楽しかったです。

高校進学について考える時には、小学生の時に音楽の先生から言われた言葉が心に大きく残っていたせいか、音楽科へ進学することは論外だと思っていました。このころには音楽で食べていくのは大変、英語の方が仕事になる、と信じていました。

高校は普通科の高校へ推薦で入り、入ってみたら自分に全く合わない校風で苦しみました。今振り返っても、自分の中では暗黒時代だったと思います。

入学したその日に辞めたくなりましたが、この高校に入学したかったのに落ちてしまった親友の手前もあり、簡単に辞めることは出来ませんでした。3年の我慢だ、と自分に言い聞かせて通いました。この頃もピアノは続けていて、ソナチネやショパン、ラフマニノフなど、憧れていた曲を弾くのが楽しい時期でした。ピアノレッスンが心の支えの一つでした。

大学入試でもやはり音楽科は全く考えず、自分の得意だった英語で進学しました。

振り返ると、高校・大学と自分の得意な物である英語で進んできて、私はずっと得意なこと=あまり努力しなくてもすんなり出来ること、で進んできました。大学生になって、授業は休まず真面目に出席していれば試験やレポートは出来るものが多かったので、あまり苦労はしませんでした。就活も英語力を活かして、バリバリ働ける職種に進みたいと考えていました。

大学生になってもピアノは続けていて、生活の一部でした。就活が始まる目前の頃にはピアノは趣味として続けたい、でも社会人はそんなに甘くなさそうだと不安はありました。

そんな時期、大学2年生の夏休み直前、とてもショックなことがありました。

中学時代からの親友が亡くなったと知り、生まれて初めて葬儀という物に参列しました。当時祖父母も健在で、この時が亡くなった人を初めて目にした時でした。

あんなに元気で、夏休みの予定を立てていた親友の命がこんな簡単に失われた、ということがショックでした。人間は死ぬんだ、ということを初めて実感しました。

死んだら何も残らない、ということも目の当たりにして、今までの自分の生き方・考え方について再考しました。

大学まで世間一般でいう安定路線を選んできたつもりでした。その上で心の奥にずっとピアノをもっとやりたい、という思いに蓋をしてきたことを真剣に考えました。

社会人になっても趣味として続けて、退職してから専門的な学校で学ぶか、大学卒業後に専門的な学校に入学するか、という選択肢が自分の中に出てきました。

母に相談したら、父に聞いてごらん、と言われ、父には「やるなら若いうちの方がいい」と言われ、大学をきちんと卒業してから音楽短大に入学することを賛同してもらえました。

大学3・4年は大学の勉強をしつつ、音楽短大へ進むための準備をしました。

当時のピアノの先生に恐る恐る、音楽の道へ進学したいと相談したら、とても前向きにご指導していただきました。

ただ、私の進み方は音大へ進むいわゆる王道ではないので、いつもそれが不安で、自分には無理かもしれない、という思いが強く、練習に身が入らず悩むことが多かったです。今まで得意なことでやってきたので、得意なこと以外で進学できるかどうかの不安、入学できても他の学生さんより歳上なので、馴染めるかどうかの不安…不安でいっぱいの時期でした。

教室の発表会や合唱コンクール以外で弾いたこともなかったので、入試でのピアノ演奏がとてもとても怖かったです。

恐怖の入試のお話は第2回へ続きます…

ピアノ上達の道というテーマなのに私のピアノ史となっていますが、もう少しお付き合いいただければ幸いです。